東大寺

東大寺の歴史

東大寺の始まりは、728年聖武天皇の皇太子、基(もとい)親王の菩提を追修する為に建立されました。その当時の名前が金鐘山寺(きんしょうさんじ)で、その後741年に国分二寺(金光明寺、法華寺)建立に伴い金鐘山寺が昇格して大和国金光明寺(やまとのくにきんこうみょうじ)となるのが前身です。この金鐘山寺において、740年から3年間のちに東大寺初代別当となる良弁が主宰して、我国で初めて『華厳経』の講説が実施されたのです。聖武天皇は大仏造顕という発願は河内国知識寺で盧舎那仏を配したことががきっかけといわれています。天平時代は華やかな時代であるとともに政変、干ばつ、飢饉、凶作、大地震、天然痘の大流行などで惨憺たる時代でした。聖武天皇は国民のことを本当に真剣に考えられて大仏建立という国家事業にふみきったのであります。

宗派・本尊など

別名:   金光明四天王護国之寺
宗派:   華厳宗 大本山
本尊:   盧舎那仏(大仏)
ユネスコ世界遺産登録(1998) 古都奈良の文化財

東大寺の見所

大仏殿「金堂」(国宝)
745年平城京東辺に大仏を新造752年に大仏開眼。大仏殿建立後、30年かかって七堂伽藍が完成。良弁、行基が八宗兼学の道場・鎮護国家祈願の寺院として創建されました。東大寺大仏殿は、その後2度消失しています。1180年平重衡の南都焼き討ちと1567年戦国時代の松永久秀によるものです。創建当時のものと今のものは幅が3分の2ほどで少し小さくなっています。大仏も少し小さくなっているそうです。2度目の消失の後は100年もの間大仏が野晒しになっていたのです。その野晒しのままの大仏を嘆いた公慶上人が、全国を勧進(寄付を募ること)して廻り、大仏殿の上棟までした後に、時の将軍綱吉やその母桂昌院に働きかけ、その援助で再建がなされたのです。

東大寺・大仏殿
                                         






金銅八角燈籠(国宝)
大仏殿の正面に建つ金銅製の燈籠です。4面に楽器を持った音上菩薩と呼ばれる天女が彫られています。

東大寺・金銅八角燈籠
                                         






盧舎那仏坐像(国宝)
俗に言われる奈良の大仏です。大きさは高さ15Mあります。創建より2度消失しました。現在のものは江戸期のもの。毎年8月15日と元旦は観相窓が開かれ外から大仏様のお顔を拝することができます。

東大寺・盧舎那仏坐像
                                         






二月堂(国宝)
二月堂は初春の行事『お水取り』で有名な建物であり正式には『修二会』という行事が行われるところです。修二会は三月に行われますがそれは旧暦の二月なので二月堂ということなのです。                     (24時間参拝可能。夜は静かに参拝しましょう。)

東大寺・二月堂
                                         






ページトップへ


三月堂(国宝)
東大寺でも少ない奈良時代建立の仏堂、正式には法華堂といわれています。 そのほか中の仏像も奈良時代の傑作が多いことで知られています。

東大寺・三月堂
                                         






南大門(国宝)
国内最大の山門です。平安時代に作られたものの二代目(鎌倉時代)。初代は大風で倒れたそうです。両脇にはその当時の運慶による金剛力士像もつかわれています。門の高さは25M程もあり屋根裏まである18本の大木が使われています。今ではそれほどの大木も探すのも大変なようです。

東大寺・南大門
                                         






転害門(国宝)
二度の戦火をくぐりぬけた天平時代の遺構です。鎌倉時代に改変されてはいますが当時の伽藍建築を想像できる建物です。

東大寺・転害門
                                         






鐘楼(国宝)・梵鐘(国宝)
鐘楼は天平時代に建造され、鎌倉時代に再建された大きな鐘楼です。 春日詣に来られた足利義政も奈良八景の一つに数えられました。梵鐘は、奈良時代の鋳造で国内最大級です。天下三名鐘もしくは、日本三名鐘とも言われています。(東大寺、平等院三井寺神護寺の内三つを指します。)

東大寺・鐘楼
                                         






本坊経庫(国宝)
本坊経庫は、南大門の東脇地塀の内側に北面して建つ校倉造りの建物です。東大寺には正倉院宝庫を始め六棟の校倉が現存するのですが、本坊経庫は手向山神社宝庫とともに、東大寺食堂跡の北東に位置する油倉の地に並んで建っていたのですが、江戸時代に移築、修理をして経庫としました。又、古い部材を多く残して奈良時代の校倉の形式をほぼ完全に残しているそうです。通常、本坊経庫は見ることはできませんが、毎年5月2日の聖武天皇祭の時に外観の拝観ができます。



ページトップへ


塔頭寺院

東大寺の主な塔頭寺院
知足院
奈良の八重桜で有名な塔頭寺院ですが、普段は非常に静かな寺院です。



その他

修二会(しゅにえ)
別名、『お水取り』又は、『お松明』ともいいます。 二月堂で天平勝宝4年(752)より一度も絶えることなく続いている行事です。 3月1日から2週間続けられる行事で正式には十一面悔過(じゅういちめんけか)といいます。意味は日ごろから私たちが犯している様々な罪を二月堂の本尊、十一面観世音菩薩に懺悔することを意味します。お水取りは12日深夜(13日の午前1時半頃)、十一面観世音菩薩にお供えする水を若狭井からくみ上げる儀式で、この行を勤める練行衆の道明かりとして、夜毎大きな松明に火をともします。

東大寺・修二会
                              写真は3月14日二月堂お水取り風景。






大和三名椿
開山堂(国宝)に咲く糊をこぼしたような模様の『糊こぼし』。 大和三名椿の一つです。開山堂は拝観できませんのですぐ隣の四月堂に下のように置いてあります。

東大寺・椿、糊こぼし
                                         






正倉院(国宝)
正倉院は東大寺に所属していますが、宮内庁正倉院事務所が管理しています。 宮内庁管轄の文化財が国宝、世界遺産に登録されることは稀なことです。逆の言い方をすれば、世界遺産は、国の責任で管理、保護しなければなりませんので国宝になったということでしょう。正倉院は、校倉造で天平版の宝物倉庫といったとこでしょう。又、正倉院は平日しか見学できません。毎年、定期的に奈良公園内の奈良国立博物館で正倉院展を開催しています。

東大寺・正倉院
                                         






四月堂
開山堂の隣にある四月堂。東大寺の中でもひっそりとしていて地味ですが、中に安置されている千手観音はふっくらしていてとても優しいお顔をされています。一見の価値があります。



案内

〒:630-8211
所在地:奈良県奈良市雑司町406-1
℡:0742-22-5511



ページトップへ


地域別日本遺産









東大寺大仏殿
                           東大寺大仏殿遠景(奥は興福寺五重塔)






東大寺・境内
                                         




ページトップへ


奈良遺産(目次)


日本の世界遺産(目次)


日本の遺産-日本で出会う遺産トップページへ