首里城跡

首里城の歴史

首里城(しゅりじょう・すいぐすく)は、沖縄県那覇市にあり、沖縄の歴史・文化を象徴する城(グスク)です。首里城の歴史は琉球王国の歴史そのものです。首里城は国王とその家族が居住する「王宮」であると同時に、政治の中心でもありました。それだけではなく、宗教・芸能・音楽・美術・工芸まさに文化の中心でもありました。1879年、日本政府が軍隊派遣により国王は追放され、「沖縄県」になってからは、アメリカ軍の駐屯地とされ、1945年に太平洋戦争、日米最後の決戦により猛烈な攻撃を受け、炎上しました。現在の首里城は1992年、首里城公園の開園と共に復元されました。

琉球王国

琉球王国(りゅうきゅうおうこく)は1429年に成立し、約450年間続いた日本の南西諸島に存在した王制の国のことです。北は奄美大島から南は八重山列島に及び、琉球諸島には、約3万2千年前から人類が住んでいたことがわかっています。日本の鎌倉時代にあたる12世紀ぐらいから政治的勢力が現れ、1429年尚巴志(しょうはし)が主要な按司(あじ・あじといわれる豪族)を統括し、はじめて統一権力を確立しました。これが尚(しょう)家を頂点とする琉球王国の始まりです。《第一尚氏王統》その約40年後、農夫出身の金丸(かなまる)が尚家から政権を略奪し、尚円王(しょうえんおう)と名乗り新王朝を開きます。この時代が約400年続きます。《第二尚氏王統》その間に薩摩藩が軍勢を従え琉球・首里城を占拠し、薩摩と徳川幕府の支配下とされます。1879年、明治維新後の日本政府は、軍隊を琉球に派遣し国王を追放、「沖縄県」を設置。こうして琉球王国は滅亡していきます。

首里城の別名・遺産登録など

別名:  御城(うじしく)
ユネスコ世界遺産登録(2000) 琉球王国のグスク及び関連遺産群 (世界文化遺産)

首里城跡(しゅりじょうあと)の見所

首里城・正殿(せいでん)

首里城正殿は琉球王国最大の建造物で、「国殿」「百浦添御殿」ともよばれ、文字通り全琉球国、百の浦々を支配する象徴として最も重要な建物でした。正殿を二層三階建てとすることや正面の八の字型の階段や龍柱は、日本のみならず中国や朝鮮半島諸国にも類例がなく、琉球独自の形式です。正殿を二層屋根とするのは北京故宮の太和殿やソウルの景福宮の勤政殿と同じで、いわば中国式宮殿の最も格式高い形式です。また、龍は国王の象徴、国の守護神として建物や工芸品に多く使われています。記録によると正殿は先の大戦を含めて過去4回の焼失再建を繰り返しました。現在の建物は1712年頃に建立され、数度の大修理を重ねながらも戦前まで存在した正殿をモデルに復元したものです。

首里城・正殿
                                    






守礼門(しゅれいもん)

守礼門とは、門に掲げられている扁額に「守禮之邦(しゅれいのくに)」とされているように「琉球は礼節を重んずる国である」という意味をもちます。 中国風の牌楼(ぱいろう)という形式で建立され、4本の柱の上にひさしがある形をしています。 1527~1555年の時代に建立され、1933年に国宝に指定されましたが、沖縄戦で破壊され、現在の門は、1958年に復元されたものです。

首里城・守礼門
                                    






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園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)<世界遺産指定><重文>



歓会門(かんかいもん)

首里城の城郭内へ入る第一の正門で、俗に「あまへ御門(あまえうじょう)」といいます。「あまへ」は古い言葉で「よろこび」を意味しており、「歓会」はその漢訳になります。第二尚氏尚真王代(1477~1526)に創建されたといわれるこの門は、中央部に木造の櫓があります。沖縄戦で焼失しましたが、1974年(昭和49)に復元されました。

首里城・歓会門
                                    






漏刻門(ろうこくもん)

門の上の櫓に水槽を設置し、水が漏れる量で時間を計ったといわれています。時刻を測定すると係の役人がここで太鼓をたたきました。

首里城・漏刻門
                                    






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首里城跡(史跡)

首里城は、第二次大戦で日本軍が利用していた為、大戦末期の1945年5月、アメリカ軍の攻撃を受け破壊されました。そして、戦後、この場所に琉球大学が造られて多くの遺構も破壊されてしまいました。しかし、1958年に守礼門が再建されたのをきっかけに再建の機運が高まり、1972年の日本復帰後、歓会門やその周辺の石垣なども復元されることになります。1989年には本格的な発掘調査をし正殿や周辺の門などの復元作業が始まり、1992年にほぼ今の状態にまで再建され首里城公園としてオープンしたのです。さらに、2000年12月には「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として世界遺産に登録されることになります。尚、登録部分は、「首里城跡(しゅりじょうあと)」であり、復元された建物や城壁は世界遺産部分には含まれていません。そして、現在でも正殿裏に当たる部分の調査及び復元もすすめられているのです。

首里城跡
                                    






案内

〒:  903-0815
住所: 沖縄県那覇市首里金城町1-2  首里城 首里城公園管理センター
℡:  098-886-2020



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首里城周辺
                                    






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