京都霊山護国神社の歴史
1868年明治天皇は維新を目前に倒れた志士たちの御霊を奉祀するために京都の東山三十六峰の中心にある霊山の麓に招魂社を創建せよと詔を出しました。当時の名前を霊山官祭招魂社といい、「官祭社」と同格に扱い日本で最初の官祭招魂社(かんさいしょうこんしゃ)となりました。官祭招魂社とは官費で祭司や修繕を行った護国神社なのです。昭和に入ってから名前が京都霊山護国神社(きょうとりょうぜんごこくじんじゃ)となり国の手からも離れることとなりました。そして、さらにその後境内に霊山歴史館をつくり幕末の資料を多数置いています。神社内には多数の墓地があり、その中には坂本龍馬、中岡慎太郎、吉村寅太郎、久坂玄瑞、、木戸孝充、高杉晋作、宮部鼎蔵など幕末の志士たちとともに明治以降の国難に遭った英霊が眠っています。
宗派・主祭神など
宗派: 日本神道
主祭神: 1853年から大東亜戦争までに、国難で殉死した勤皇の志士と、
護国の
英霊約73011柱
京都霊山護国神社の見所
拝殿及び境内
昭和4年、昭和天皇御即位大礼の建物を下賜され、現社殿を整備しました。
坂本龍馬・中岡慎太郎の墓
京都霊山護国神社の境内から階段を上がっていくと、山側に墓地があります。その中に、幕末の志士などの墓がありますが、その中でも特に参拝者が絶えないのが幕末、近江屋で客死した坂本龍馬、中岡慎太郎とその下僕の藤吉の墓です。その脇には銅像が立っています。坂本龍馬の命日である毎年11月15日には、龍馬にまつわる催し物が行われ、全国からたくさんの人が訪れます。そして、生前龍馬の大好物だった軍鶏鍋(しゃもなべ)がふるまわれます。
その他
霊山歴史館
近接しています。
幕末、明治維新関連の資料文献が多数展示公開されています。
案内
〒:605-0861
所在地:京都市東山区清閑寺霊山町1
℡:075-561-7124