龍安寺の歴史
龍安寺(りょうあんじ)は1450年、室町幕府の管領の守護大名で応仁の乱の東軍の総帥、細川勝元、衣笠山山麓の藤原北家の流れをくむ徳大寺家の山荘を譲り受け禅寺を創建され、妙心寺第5代住持、義天玄承(ぎてんげんしょう)により開山されました。しかし数年後、応仁の乱で龍安寺は焼失してしまいます。その後、1488年勝元の息子、細川政元により復興されることとなります。最盛期には塔頭が21あり、今はその内の3ヶ寺(西源院・大珠院・霊行院)が残っているのみです。1797年の火災で焼失後、塔頭の一つ西源院の方丈が移築され今現在の龍安寺の方丈になっています。世界的にも有名な国の特別名勝の「石庭」、や禅の心など世界中の観光客に深く興味をもたれていると同時に、外国人観光客に一番人気の高い寺院です。
宗派・本尊など
宗派: 臨済宗 妙心寺派
本尊: 釈迦牟尼仏
ユネスコ世界遺産登録(1994) 京都17寺社
龍安寺の見所
龍安寺方丈石庭(特別名勝・史跡)
「枯山水」の庭で、作者、作庭年代、表現意図ともに諸説はありますが、定かではありません。
1975年に日本を訪問されたイギリスのエリザベス女王が石庭を絶賛なさったことが海外のマスコミでも報道され広く知られることとなりました。その為、海外の観光客の比率が高いのです。又、この石庭は、国の史跡及び特別名勝にも指定されています。
鏡容池を中心とした池泉回遊式庭園(名勝)
おしどりが群れをなして遊んでいたことから、別名おしどり池とも呼ばれている池泉回遊式の庭園で、国指定の名勝庭園です。
知足の蹲(つくばい)
水戸光圀の寄進による蹲。「吾唯知足」(われ、ただ足るを知る)の4字が刻まれている蹲です。一般の拝観者が見ることのできるものは複製品です。
龍安寺境内
龍安寺は、四季折々の景色が訪れる者を和まし、そして癒してくれます。
決して期待を裏切らない奥の深い寺院なのです。
塔頭寺院
西源院(せいげんいん)
世界遺産の寺院の中でお食事(七草湯豆腐)を頂く事ができます。
店内から見る庭の風景・春の桜(写真左)、七草湯豆腐 写真は二人分(写真中央) 一人1500円、精進料理(写真右に写真中央の湯豆腐がつきます) 3300円(2011現在)
四季折々の風景を眺めながら料理が頂けます。
他、龍安寺には二つ塔頭寺院(大珠院・霊行院)があります。
その他
帰ってきた襖絵(ふすまえ)
2010年(平成23年)10月、狩野派の狩野孝信の作と言われる「群仙図」20面のうち4面と「琴棋書画図」(きんきしょがず)20面うち2面が米国のオークションに出品されていたのを、落札者が匿名で龍安寺に寄進されたそうです。明治時代の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)の時に財政難に陥り、手放すことになり東本願寺に渡ったものです。
案内
〒:616-8001
所在地:京都市右京区龍安寺御陵下町13
℡:075-463-2216